1993年10月3日ソマリアの首都モガディッシュで、2000名の民兵とアメリカ軍が激しい戦闘を繰り広げた。死者は米軍側19名、ソマリア側は400名前後。
作戦の遅れにより、MH60ブラックホークが撃墜され、生存者を救うために2名の特殊部隊員が地上へ降りた。迫りくる数百の民兵。降りればどうなるか分かっていた。上はやめるように言っていた。それでも彼らは救援に向かった。ランディシュガート一等軍曹、ゲイリーゴードン曹長。長い銃撃戦の末、死亡。遺体は全裸で切り刻まれ、群衆に引きずりまわされた。あまりの衝撃に世界は驚愕した。
作戦コード「アイリーン」。30分で終わるはずだった作戦。ヘリで急襲し、ソマリアのアイディード将軍の幹部2名を拘束し、すぐに地上部隊と合流し撤収する計画だった。しかし、群衆の妨害によりなかなか地上部隊が到着しない。そうしている間にMH60ブラックホークが2機撃墜される。到着した地上部隊90名も民兵に囲まれ、激しい銃撃戦となる。大規模な救援部隊が来るまで19名の死者、73名負傷、2機のブラックホーク墜落という損害を出しながら、15時間かかり救出された。この戦闘はブラックホークダウンという題名で映画化されている。
当時の米大統領はクリントン大統領。ソマリア内戦による難民救済のための活動。国連の食糧支援もアイディード派の妨害によりなかなかうまくいかず。軍事作戦はアメリカの単独。多くの被害とショッキングな映像が配信され、撤退させようという世論が高まっていく。1994年3月アメリカのソマリアからの撤退。その翌年には国連PKO部隊撤退。助けたくても、被害を恐れ、世界が手を引いた。混迷状態は続き、国は貧しい状態が続く。
備考
2000年以降ソマリア沖で海賊事件が多発して、人質が取られ、身代金要求がされていましたが、日本を含め各国が軍艦を派遣するなど、警備行動により激減。しかしほぼ同時期に「すしざんまい」の木村社長もソマリアで技術指導や、漁で取れた魚を買い取るなど、海賊から漁師へ戻す活動を行い、ほぼ海賊が0になりました。あの社長、各国の軍艦に匹敵しますね。すごい日本人がいるものです。